この理論を解説する重要なコンセプトや用語はたくさんあるが、そのベーシックな用語は、ふたつ。ケイパビリティス(capabilities)と、ファンクショニングス(functionings)である。 capabilitiesが日本語では「潜在能力」と訳されているのを、残念に思う。解説をつけずに日本語にある言葉に訳すると、この言葉になるのだろうが、この訳語には誤解を招きやすいニュアンスがある。
大江の言葉を借りて(「暴力に逆らって書く」朝日新聞社、2006年、ぺージ264〜265)、少し説明してみよう。ファンクショニングス(functionings)とは、「達成された成果」「実現した機能・結果」のことをいう。たとえば、長生きする、健康である、所得を得る、など。
一方、ケイパビリティス(capabilities)は、「達成されうる自由」「現実的に達成・実現が可能な自由」をさす。漠然とした夢や、雲をつかむようなわずかな可能性でなく、リアルに手の届く可能性がケイパビリティである。つまり前者(ファンクショニングス) は、結果・成果を、後者(ケイパビリティス) は、潜在・可能性としての自由・選択肢、行動の選択肢の幅、生き方の可能性の幅をいう。ケイパビリティ・アプローチは、前者・後者両方に注目するが、あえていうと後者のcapabilitiesをより重要視する。それは一定の選好や価値基準を他者に押し付けず、個人個人のチョイスや自由意志を尊重するからだ。
伝統的なアプローチのように、経済的・物質的な豊かさだけを、真の豊かさとは見なさず、センの理論は「○○○をなしたい」「○○○になりたい」という個々の capabilitiesを実現する自由や機会を拡大することが、社会の真の発展・豊かさであるとする。
- 大江健三郎とアマルティア・センのケイパビリティ・アプローチ | social-issues.org online community